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王子稲荷神社

Non sailkatua: Ipar, Tokyo eta etiketa: Rich uzta, Enpresa oparotasun, Big desira lorpen, Fire prebentzioa
argazki nagusia:王子稲荷神社
装束稲荷神社から、途中“串揚げ”で満腹になり…といいつつ、石鍋さんでお土産の久寿餅とオヤツ用に狐刻印のある酒まんじゅうも買って…いざっ!王子稲荷神社!!

お?…“いなり幼稚園”。常々うらやましぃと思ってた『境内の幼稚園』だね。
幼稚園の門に「王子稲荷神社参道 いなり坂より」と左上矢印が書いてるのだけど、
右側に瓦屋根とその奥正面らしい位置に鳥居も見えるので…とりあえず、右へ。
どぉ〜んと社号標と門がたち…その奥に鳥居、階段、社殿も見える。
がしかし…門は閉じられ、「幼稚園園庭として使用中です 園児の安全の為に施錠させて頂いています。ご参拝の方にはご迷惑をお掛けしますが、ご理解頂けますようお願い致します」
…はい、理解しました…
「施錠中は左の坂を登り『いなり坂入口』よりお入り下さい」
…了解です…
下調べは大事だ…そもそも、境内が幼稚園になっていることも、現地入りするまで知らないくらいで…
平日だとどこも比較的空いていてよいのだけど、こういうこともあるんだよね…
ということで、境内社の市杵島神社も、今回はお参り出来ませぬ。

さて、気を取り直して左へ…かなり急な坂。あの“見えて”た階段分だからねぇ。

平日ということもあり、境内は参拝する方も無く、静か…がしかし、
こちらから見える社殿側面に、
ゴージャスなチャイルドシート付のママチャリがびっしりずらっと!!
なんとも壮観な眺め…

正面階段隣にある“史料館”…こちらには、国認定重要美術品の絵馬『額面著色鬼女図』(柴田是真作)、『龍図』(谷文晁)が所蔵されているそうなのだけど、公開は正月三ヶ日と2月の午の日だけっぽい。
この日の“史料館”は、扉に鍵がかけられひっそりとしてる。
扉越しに覗いてみたけど…物置にしか見えないんですけど………

そして階段…もちろん、境内側からも通行止めです…
扉に遮られたあちら側の狐さんを正面からみつめたいよぉ〜

…なにはともあれ、お参りを。
社殿の色合いが素敵だぁ〜いぃ感じにくすんだ風合いの朱や緑や青や…
木鼻横の花の繊細さとか、手挟の黒の入り方とか…しばしうっとりと見上げてうなる。

eta、境内散策へ…
社殿の右奥、数段階段を上がった先にやや小ぶりな鳥居。社殿周辺より、手を入れすぎて無い雰囲気が、いぃ感じ。
ちょいと年季が入っていそうな石灯籠や手水舎、そして犬っぽい狐さん、お茶目顔の狐さん…
その奥に、“本宮”。
その右手から、さらに奥へ進む道…朱色の鳥居の先には、亀山稲荷神社・嬉野森稲荷神社・北村稲荷神社が一つ屋根の下…
そのお隣が、御石様。
『願い事を念じつつ持つ石の軽重により御神意が伺えるという。/予想したよりも軽く感じたら願いことが叶いやすい。重く感じたらかないづらいので、まだまだ努力が必要、との言い伝えがあります。』
中央に大きな御石様、その左奥に小さめの御石様。
大きい方は…重い軽い以前に、とてもじゃないけど“持つ”なんて無理っ!…努力してないでしょ!…と言われたのか?
小さい方は、うっかりするほど軽い。ちょいと気も軽くなる…あぁ、慰め石だったり?
そこから、左手にちょっと急な階段が30段ほどあり、“お穴さま”に辿りつく。
小さな祠と穴があって、覆屋のせいか、ちょっと薄暗いけど、なんかほっとする。
階段を降りはじめてふと右手を見ると、
本宮の裏(お社的には横)に、恐ろしく大量の“イチョウの葉”。
思わずダイブ!!…なんてことは、妄想の中だけにしとく…

社殿の横まで戻ってみると、社務所に小さい女の子が走ってきて、遅れてお母さん登場…
呼び鈴を押して、出てきた社務所の人に「音楽教室です!史料館の鍵ください!」
なんとっ!
史料館は、そういった用途に使われてるのですか…
覗いた時の感想はある意味正しかったのかも…

王子稲荷神社を満喫し、名主の滝公園を目指す。
地図を見て、左右どちらに進むか迷って、“同じ道を戻るべからず”なお散歩自分ルールに従い、右手へ。
名主の滝公園の入口までは、倍ほどの遠回りなったのだけど、
稲荷坂の急なのぼりと、三平坂のくねくねくだりが楽しかったので、
結果は正解ってことで… (2017.11撮影)
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"Royal ritual"
Ukanomitama、宇気母智之神、和久産巣日神
"Festival"
2月初午の日
[Venerable]

「御祭神は、世に『稲荷大明神』と称え奉る衣食住の祖神で、古来産業の守護神として、広く庶民がおまつりする神さまであります。
王子稲荷神社は、今から1千年の昔『岸稲荷』と称して、この地にまつられたお社で、社記に『庚平年中、源頼義、奥州追討の砌り、深く当社を信仰し、関東稲荷総司と崇む』と、伝えており、西暦1060年の平安朝中頃には相当の社格を有していたものと考えられます。
元享2年(1322)に近隣の地に領主豊島氏が、紀州の熊野神社を勧請し王子神社を祀った処から、地名も王子と改まり、当社も王子稲荷神社と改称されました。
小田原北条氏は当社を深く尊崇し、朱印状を寄せており、江戸時代には、徳川将軍家の祈願所と定められて大層栄えました。
代々の将軍の崇敬は、極めて篤く、社参は勿論、三代将軍家光公は、寛永11年に、社殿を造営し正遷宮料として金後五捨両、その他諸道具一式を寄進せられ、次いで五代将軍綱吉公が元禄16年に、十代将軍家治公は天明2年に、それぞれ、修繕を寄進されましたが更に、十一代将軍家斉公は文政5年(1822)に、社殿を新規再建されました。
八棟造り極彩色の華麗な社殿は、江戸時代の最高潮、文化文政時代の粋を伝え、当時の稲荷信仰の隆昌が偲ばれます。
然し、惜しいことに、この度の大戦中、昭和20年4月13日、空襲によって本殿など大破しました。
Horren ondoren、昭和35年に本殿の再建が行われましたので、現在の社殿は、拝殿幣殿は文政5年の作、本殿は昭和の作ということになります。
又、昭和62年には、社殿の総塗り替えが165年ぶりに行われ、神楽殿も新規に建て替えられました。
翻って、沿革を尋ねますと、江戸時代は、所謂『神仏習合時代』で、当社の御祭神についても、新編武蔵風土記、江戸名所図絵等に『本地は聖観世音、薬師如来、荼枳尼天なり』と記されています。
王子稲荷神社は、明治維新まで禅夷山東光院金輪寺が別当として王子権現(王子神社)と共に管掌し、住民は『王子両社』と称して等しく、氏神として崇めて来ました。
現在は明治政府の神仏分離政策により廃仏毀釈が行なわれ、金輪寺そのものは二坊を残して廃寺となっています。
当社へは遠方よりの参拝者が多く、諸方の街道筋に『王子いなりみち』という標石や、奉納石燈籠が建てられて、参詣人の道しるべを務め、又、飛鳥山の桜の花見をかねての行楽客もあり、門前には茶店、料理屋等が数多くありました。そのうちの一軒は今でも現存しており、道しるべの灯籠の一部は境内に移築保存(昭和32年)されています。
境内は台地の中腹にあって、約二千坪、今では市街を見渡す眺めのよい高台ですが、昔は、こんもりと茂った杉の大木に包まれて、昼も暗く、山中には沢山の狐が安住し、神使として大切にされていました。その跡は、今も、『お穴さま』として保存されています。狐に因む伝説は数多くありますが、料理屋と狐を舞台にした『王子の狐』の落語は当時の模様をよく伝えています。
又、江戸名所図絵、東都歳時記、新編武蔵風土記に記載する、『毎年12月晦日の夜、諸方の狐夥しく、ここに集り来る事、恒例にして今に然り。その灯せる火影に依って土民、明年の豊凶を卜す。云々』という伝説は、最も有名で『装束榎』は、これらの狐が、身支度をした処と伝えられる場所で、『装束の榎まで持つ王子なり』(東鳥)という句も残っており、その跡には、装束稲荷の祠が建てられています。
徳川幕府代々の将軍家の厚い保護と共に、大老田沼意次が立身出世したのは、屋敷に稲荷が祀ってあったからという評判によることもあって、庶民の中に稲荷信仰が大層盛んになり、中でも王子稲荷の商売繁昌と火防せ(ひぶせ)の御神徳は広く知れわたる処となりました。eta、江戸中期より2月初午には『火防守護の凧守』が授与されるようになり、これを祀ると火難を免れ、息災繁昌するとて社頭は賑いを呈し、これを因んで、縁起の凧を商う凧市が境内で開かれるようになり現在に至り、東京名物となっています。(※奴凧が御守りになっている由縁には、江戸期の火消しの印袢纏と奴凧の姿が結びついたものとか、或いは、凧は風を切るという処から火事を防ぐ御守として採り上げられたとか、言い伝えられています)
社宝には、絵画に、近世の大家柴田是真の『茨木』の扁額もあります。これは、天保11年のもの、作者の出世作といわれる名品で、昭和9年9月1日、文部省から重要美術品に指定されました。
この図柄は、
“その昔、羅生門に出没して、京の民衆をおびやかしていた鬼女があり、渡辺綱という武将にようやく退治されたものの、その七日後、渡辺の綱の伯母にばけて訪れ、その折に切り落とされた自分の片腕を取り返すやいなや、元の鬼女の姿に戻り、地をけって空に舞い戻ってしまった”という話の最高の場面を描いたものです。
奉納者の砂糖問屋組合は、当時天保の改革で各方面の粛清をしていた幕府に対して、商権回復運動をしていたので、とりあげられた商権を鬼女の腕にたとえて大願成就の願意を籠めたものであるという挿話が伝えられています。
拝殿の天井には、幕府の御殿絵師・谷文晁の『竜』の板絵が二枚掲げられていましたが、そのうち一枚の墨絵の方は、今回の修善寺に史料館へ収蔵され、代りに院展同人の画家・関口正男筆の『鳳凰』がはめ込まれています。」王子稲荷神社発行“ともしび”より

《王子稲荷講》
「王子稲荷講は、王子稲荷神社の崇敬者の中枢団体であります。
一般信徒の方々の中より、神社と一段と深い結びつきを希望される方々の御参加をいただきまして、神様の大きな御加護のもとに強いつながりを得て、日々の生活に張りのある生きがいを感じながらも平穏に過ごし、又、神徳高揚活動や神社の維持発展の為に重要なうしろ楯となっていただいています。
ぜひ多数の方の御加入をお願いいたします。
稲荷講に加入されますと、毎年定額の講金を納めて頂き、講員名簿に登録されます。
講員の方には、秋の講社祈願祭に出席していただきます外、毎年年末には新年の神棚の神札をお送りしております。」王子稲荷神社発行“ともしび”より

岸町1-12-26 » Google mapak
[Web Ofiziala » http://www.kanko.city.kita.tokyo.jp/data/a/4.html]
王子稲荷の社/歌川広重

《Inguruko leku gomendatuak》
【石鍋 久寿餅】
王子駅から王子稲荷神社に向かう途中にあるお店。
久寿餅をはじめ、あんみつ類、狐の刻印のある酒まんじゅう等、どれも見るからに美味しそう!
店先に置かれた“神津島晒し天草”の存在感はすごいっ


「天保九年(1838)出版の『砂子の残月』によれば『2月初午王子稲荷最も群集す此の日武家市も稲荷を祭り灯燭をかかげ鼓吹舞』とあり側用人より大名に迄なった柳沢家が信仰の王子稲荷は出世稲荷と武士達も参詣し、又柴田是信の茨木の大絵馬が江戸市中で人気を得画工芸能人も参詣し錦絵の作品が最も多い場所となった。絵の博物館にある大岡越前の許可書によれば飛鳥山より音無川王子稲荷にかけて五十四軒の料理屋水茶屋と三ヶ所の揚弓場のある観光地で明治大正昭和の戦前迄その面影が残っていた。
(当店は明治二十年代より料理屋茶店などに四季折々の食品を提供しておりましたが、戦後は店売りのみとし昔ながらの手作りで製造しております)」店頭の案内板より
» オフィシャルサイト
【王子稲荷の坂】
「この坂は、王子稲荷神社の南側に沿って東から西に登る坂で、神社名から名前がつけられています。また江戸時代には、この坂を登ると日光御成道があり、それを北へ少し進むとさらに北西に続く道がありました。この道は姥ヶ橋を経て、蓮沼村(現板橋区清水町)まで続き、そこで中山道につながっていました。この道は稲荷道と呼ばれ、中山道から来る王子稲荷神社への参詣者に利用されていました。
平成5年3月 北区教育委員会」案内板より
【名主の滝公園】
安政年間(1854~1860)に王子村の名主(畑野孫八)が自邸に造り、明治の中頃、所有が垣内徳三郎という人なって庭園として整備された。昭和になってからは、精養軒が買い取り、プールやレストランなどのある公園となったが、戦災で焼失…昭和50年から、北区立となった。…とのこと。

9:00〜17:00(7/15〜9/15は、9:00〜18:00)
12/29〜1/4、休園
» 北区 公園案内

結構広い。4つの滝(男滝、女滝、独鈷の滝、湧玉の滝)を眺めながら、林の中を辿れる遊歩道は、登ったり下りたり、ちょっとした探検気分が味わえて楽しい。
自然がいっぱいで癒やされると、歩きまわれば運動にもなるし…近所だったら、毎日でも通いたくなる公園。


《三平坂》
「名主の滝公園の北端に沿って台地へ登る曲がりくねった坂道である。坂名の由来は、江戸時代の絵図にある三平村の名からとも、室町時代の古文書にある十条郷作人三平の名からともいわれている。農家の人が水田へ下る通路であったが、名主の滝への道としても利用されたようである。"Gida plaka baino
【北区立中央図書館】
赤レンガ倉庫を増改築した明るくて居心地のいい図書館。

館内のカフェ(アトリエ・ド・リーブ 赤煉瓦Cafe)では、ケーキやコーヒーのほかにオムライスやサンドイッチなどの軽食も…


月~土/11:30〜20:00(L.O.19:00)
日・祝/11:30〜17:00(L.O.16:00)
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