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藤崎富士講社(ふじさきふじこうしゃ)

Date of shooting: 2009.08.29, 2012.01.02, 2023.01.01, 2024.01.01, 2024.05.04

御由緒:
藤崎冨士講社の富士塚
習志野市指定有形文化財 令和五年三月一日指定
富士塚とは、信仰対象である霊峰藤を模して造営された人工の山や塚のことで、ここに登山すえうことにより、実際の富士山登山と同様の御利益を得られるとされています。
この富士塚は、江戸時代末期に、現在、市内で唯一活動を続ける富士講の団体である藤崎冨士講社の講員によって造られ、昭和六年の改築後、現在の姿となりました。
藤崎冨士講社の講員が管理する当富士塚は、江戸時代からの富士講信仰を現在に伝える重要なものです。
令和六年二月 習志野市教育委員会
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藤崎堀込貝塚
千葉県指定史跡 昭和四十二年三月七日指定
縄文時代中期~後期
藤崎堀込貝塚は縄文時代中期~後期(放射炭素年代で約四千五百年前~三千年前)の集落遺跡で、大規模な貝塚を伴っています。
遺跡が位置する標高約20mの台地は、かつての菊田川とその支流の流れる谷に面していて、貝塚が作られた時代にはこの谷まで海が入りこんでいたと考えられています。
この貝塚は縄文時代後期の人々が、食べたあとの貝殻・漁骨・獣骨などを捨てた跡で、貝の分布する範囲は南北およそ110m、東西およそ80mほどで、西が開いた馬蹄形をしています。貝の見られない周辺部にも、縄文時代中期から後期の住居跡が見つかっていて、このあたりが長期にわたって縄文人の生活の場であったことがわかっています。
貝塚は、当時の人々が使ったり、捨てたりしたさまざまなものが残されていて、動物質の遺物の状態もよいので、過去の暮らしを知る上で、とても重要な情報を提供してくれます。
これまでの調査で、この貝塚からは食用にしたと思われるイボキサゴ・オキアサリ・ハマグリなどの貝、マアジ・サバ・マイワシなどの魚骨、ニホンジカなどの獣骨のほか、縄文土器や石器(打製石斧、磨製石斧、磨石、石皿など)といった道具類も出土しています。
藤崎堀込貝塚は都市近郊にありながら、貝塚のほぼ全域が大きな破壊を受けずに残ったきわめて数少ない遺跡です。そして、縄文人の生活とこの地域の歴史を明らかにする上でもたいへん貴重な遺跡ということができます。
習志野市教育委員会
(案内板より)
開門時間・お作法など:
  • この辺りは、藤崎堀込貝塚として千葉県の史跡指定を受けているので、掘り起こしたり遺物を持ち出すことは禁止です。
  • また、史跡のある地帯は、ほとんど民有地のため、立ち入りには注意が必要です。
周辺スポット
  • 藤崎古道
    藤崎に残された東金(御成)街道以前の古道
ヒトコト
畑の真ん中に、一際目立つブロッコリーのような木。
中に入ると一つの木ではないのだけど…
夏には涼しく、なんかやけにほっとする場所。
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