神社散歩 ときどきお寺 砂利の感触 木々のざわめき 凛とした風
鹿島神宮
Date of shooting: 2020.01.01
| 御祭神: |
武甕槌大神 |
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- 祭礼:
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9月1日
御船祭:9月(12年に一度の午年)
祭頭祭:3月9日
- 御由緒:
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神代の昔、天照大御神の命を受けた武難糖大神は香取の経津主大神と共に出雲国へ向かわれ、国譲りを成就し皇孫の国たるべき日本の建国に摂身された。
とりわけ東国における神功は大きく、関東開拓の礎は遠く大神にさかのぼる。
初代・神武天堂はその御東征なかばにおいて思わぬ窮地に陥られたが、大神の「部産処」の神成により数われた。
紀元年、紀元前六六〇年の頃と言われる、以来、皇室を始め藤原氏等の崇敬も驚く、中世・近世には源頼朝、徳川軍家等の祈願や寄進が寄せられた。
そして江戸時代に利根川から江戸を結ぶ水運が開かれると東国三社参り(鹿島・香取・息栖)が流行、庶民にも鹿島仰は広まり、現在に至るまで東国最大最古の神社として朝野の崇敬を集めている。+《鹿島七不思議》
要石:その根底ふかくて図り知れずという
御手洗:池の深さ大人小人によらず乳を過ぎずという
未無川:川の水 流れ行くほど追々かれて行末知らず
藤の花:御山の藤の花の多少によりその年の豊凶を予知すること
海の音:浪の響が上(北)の方に聞えれば日和 下(南)に響けば雨降るという
根上りの松:すべて御山の内の松幾度伐れども伐り跡に芽出て枯れることなし
松の箸:鹿島の松で作る箸は松脂の出たことなしという(境内由緒書きより)
- 開門時間・お作法など:
- 授与所の開所時間は、8時半〜16時半
- 摂社・末社などなど:
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- 龗神社
- 御祭神:高龗神、闇龗神
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- 稲荷社
- 御祭神:保食神
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- 摂社・末社
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摂社:沼尾神社・坂戸神社 選拝所
末社:須賀社、熊野社、津東西社、祝詞社
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- 仮殿
- 本殿を修理する時など一時的に神様をお選しする社です(重栗文化財)
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- 鹿園
- 御祭神の神使として親しまれている神鹿が三十数頭柵の中に飼育されている。
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- 親鸞上人旧跡
- 親鸞聖人が幾度も鹿島神宮を訪れて滞在したという歴史的な由緒を記念して建てられた史跡碑
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- 松尾芭蕉 句碑
- 松尾芭蕉は、貞享4年(1687年)8月に鹿島神宮を参詣し、その旅の記録として紀行文『鹿島紀行』(鹿島詣)を残している。
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- 熱田社
- 御祭神:素盞嗚尊、稲田姫命
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- 奥宮
- 本宮御祭神の荒魂(お換数のこと)を奉祀
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- 御手洗池
- 奥宮の前の坂を下ったところにある潔斎の池
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- 大黒社
- 祭神:大国主命
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- 地蔵尊
- 御手洗池参道脇のお地蔵さま
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- 御手洗池口大鳥居の礎石遺構
- 2011年の東日本大震災によって倒壊した鳥居
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- 要石
- 別名を山の宮、御座石
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- 御厨社
- 御祭神:御饌津神
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- 高房社
- 御祭神:建葉槌神
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- 周辺スポット
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- 一之鳥居(西)
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「大船津の一之鳥居は、鹿島神宮に通じる東西南北の四ヶ所に設けられた一之鳥居の一つで、西の一文鳥居に当たります。
鎌倉時代、鹿嶋の土地隆起により手洗池近くまで入っていた船の往来ができなくなり、船着き場となった大船津に、僧侶の忍性が鳥居を建てたのが最初とされています。
1618年に徳川二代将軍秀忠が社殿と合わせて奉納した鳥居は水中鳥居で、当時はまさに鹿鳴の玄関口でした。現在の鳥居は、2013年6月に再建されたもので、水底からの高さが、18.5メートル、幅22.5メートルもあり、水上の鳥居としては厳島神社の高さ16メートルを超える国内最大級の大きさです。」案内板より
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- ヒトコト
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やっと念願の“鹿島詣”。
お正月で道が混んでいたりすることもあったし、“香取神宮”へも行くので、東国三社などへは回れなかったのは少し心残りだったけど…
またきっと参ります!
…この年の4月。新型コロナによる“閉塞生活”が始まる…
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