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高幡不動尊
Date of shooting: 2017.04.30
- 御本尊:
- 不動明王
- 御由緒:
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高幡不動尊金剛寺の歴史
真言宗智山派別格本山 高幡山明王院金剛寺は古来日本一と伝えられる木彫の丈六不動三尊像をご安置する寺で、高幡不動尊と呼ばれて親しまれている。
+古文書等に大宝以前の草創、行基菩薩の開基と記されているが、平安時代初期に慈覚大師(円仁)が清和天皇の勅願によって当地を東関鎮護の霊場と定め 山中に御堂を創建したことが知られている。(重文・文永の鰐口銘文)後、建武二年(一、三三五年)の大風によって山中の堂宇が倒壊し、時の住僧儀海上人が七年の歳月をかけて康永元年(一三四二年) 麓に移建したのが現在の不動堂で東京都最古の文化財建造物である。
不動堂はその後建て直された仁王門と共に中世の密教建築の代表的遺構として旧国宝(現重要文化財)に指定されている。
鎌倉時代以後の高幡不動尊は十院不動堂と呼ばれた談議所(学問所)で真言宗武蔵方(虚空蔵院儀海方)の中心寺院であった。
足利時代「汗かき不動尊」と呼ばれて鎌倉公方をはじめとする戦国武将の尊崇をあつめ、江戸時代には関東十一槽林に数えられ「火防の不動尊」として広く庶民の信仰をあつめたが、安永八年(一七七九年)の業火により大日堂及び奥院の諸伽藍を全焼した。
その後徐々に復興に向い、殊に近年の五重塔建立・宝輪閣の建設・奥殿の完成等により堂塔伽藍が整い往時を泣く程の寺観を呈するようになった。(奥殿の外壁(下)の掲示より)
- 開門時間・お作法など:
- 参拝時間は、7時半〜17時
- 奥殿・大日堂の拝観は、9〜16時(月曜休館)
- 摂社・末社などなど:
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- 仁王門
- 重要文化財/昭和21年(1946)11月29日指定
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- 不動堂
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重要文化財/昭和21年(1946)11月29日指定
御本尊:丈六不動三尊像
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- 土方歳三像
- 1995年(平成7年)11月3日に東京日野ロータリークラブの30周年記念事業として建立
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- 殉節両雄之碑
- 新撰組局長・近藤勇と副長・土方歳三を顕彰
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- 辯天堂
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御本尊:福徳弁財天
日野七福神の一つで、毎月15日が縁日
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- 聖天堂
- 御本尊:大聖歓喜天
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- お鼻井戸
- 1335年8月4日に大風が吹いて不動堂が倒壊した際、不動尊が落ちて鼻をついた所だと言い伝えられている
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- 鐘楼堂
- 大晦日には一般の参拝客も鐘をつくことができる
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- 六地蔵
- 六道(天道・人道・修羅・畜生・飢餓・地獄)で苦しむ人々を救うお地蔵様
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- 大日堂
- 境内の総本堂
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- 五重塔
- 塔高39.8m、総高45m、和様、三手先出組、青銅瓦葺
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- 佛足石
- 古代インドにおいて、お釈迦様が亡くなられた後、その姿を直接彫刻することを恐れ敬遠した人々が、足の裏を石に刻んで礼拝したことから始まったという
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- 山門
- 大日堂へと続く山門(小山門)
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- 五部権現社
- 源頼義が八幡社を勧請し、のちに稲荷・丹生・高野・清瀧権現の5神を合祀した境内鎮守
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- 大観音像
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正式名:定慧観音
穏やかで柔和な表情が特徴の観音像
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- 五輪塔
- 第二次世界大戦の戦没者などを慰霊・供養するための「第二次大戦物故萬霊供養塔」として建立
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- 稲荷社
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寺の鎮守「正一位昌徳稲荷」
御祭神:宇迦之御魂大師
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- 行脚姿の「修行大師像」と大師堂参道の狛犬
- 狛犬:昭和8年(1933年)に建立
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- 上杉堂
- 室町時代の武将・上杉憲顕の墓所(上杉憲顕公之墳)
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- 宝輪閣
- 主に護摩修行の受付やお守り・お札の授与(お札所)を行っている場所
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- 境内売店
- 元祖「高幡まんじゅう松盛堂」、御門前「そば処開運そば」
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- 新選組慰霊顕彰句碑
- 平成21年(2009年)に日野新選組同好会が建立した石碑
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- ヒトコト
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新撰組好き歴女さん付き合いの“日野散歩”、最終地点。
お堂など、すでに閉まっていて像などは拝見できなかったけど、建物の外観だけでも、十分に満喫させていただいた。
大屋根の曲線とか、ほんとにうっとり。