出雲旅4 2日目(中日):出雲大社・摂社〜稲佐の浜
佐太神社から、車で約1時間…国道431号をひたすら西に進めば、Izumo Taisha。
kako god、一の鳥居をくぐりたかったので、ちょっと手前で左折して北上コース。
一の鳥居・宇迦橋の大鳥居は、コンクリート製…白くでかいっ!直径2m・周囲6mあるそうな。
ここから先が、神門通り。
広々と明るく、かわいらしぃ佇まいの店が並んでて、ワクワク。
神門通り半ばの交通広場無料駐車場に駐車し、
まずは、駐車場の入口脇にある絆屋さんの“そばおやき”で腹ごしらえ。
あっつあつでうまっ
甘い系の“さつまいも”や“出雲ぜんざい”もうまいけど、しょっぱい系の“金山寺みそ”や“しいたけ山椒”“あらめ(出西生姜みそ和え)”も、めちゃうま…
そしてそして…出雲大社の参道・松並木を背後に控えた木製の二の鳥居…
ゆるゆると下っていく参道…
ほどなく“祓社”。まだなんとなく和気あいあいとした雰囲気。
このあたりは、
左右に広がりがあって、木陰が気持ちよさそう。
祓橋と呼ばれる太鼓橋を超えると、ちょっと様子が変わる…松並木が濃くなり、
いよいよって、ちょいと身が引き締まる感じ。
参道が三つに別れ、中央には三の鳥居である鉄鳥居があり、その奥の方に四の鳥居の銅鳥居が見える…
U stara vremena、この鳥居をくぐる中央の参道は、一般の人は通れなかったらしぃ。皇族の人や天皇の勅使の人専用で。
…なのだけど、
「松の根の保護のため」という違う意味で、通行禁止だった。
この松は、400年ほど前に、当時の松江藩主・松江藩主堀尾忠の夫人が千本寄進したもので、現在60数本残っているそうな。
一見ひたすらりりしく元気にすっくと立ち並んでるように見える松並木…
寿命なのか強風のせいなのか、
…なんて、状況も。
i、いよいよ、
手水舎でお清めして、四の鳥居・銅鳥居を潜って境内へ。
目の前に、
おぉ〜これぞ、出雲大社…てなお姿が…めいっぱい背伸びをするとわずかに本殿の屋根も見える…
何はともあれお参りを…
祓社ですでに“二拝四拍手一拝”の『出雲大社』ならではな参拝作法は経験してるものの、
なんか緊張。四拍手の間の取り方が悩ましぃ…
拝殿の右脇を通り、八足門から本殿へお参り。
(通常、一般の参拝はここまでだけど、正月五ヶ日はその先の楼門まで入ってのお参りが出来るらしぃ。)
この八足門…流麗な彫刻が素敵で…うっとり…
あとで調べたら、
左甚五郎の作と伝えられているものだそぉな…
日光東照宮の“眠り猫”や上野東照宮の“龍”なんかの左甚五郎さんなわけだけど、“左甚五郎”という名前、もっとなんかこぉ聞き覚えがあるんだけど…なんでだろ?
za sada、「その名前知ってる!」という状況が、なんかうれしぃ。
八足門へあがる階段下の地面に、赤っぽい●を三つくっつけて大きな○で囲った図が描かれてる…
これがアノ“宇豆柱”跡。
現在、発掘(→古代出雲大社建造の謎)された“宇豆柱”自体は、お隣の古代出雲歴史博物館に展示されてる…後で観に行くのが楽しみ。
本殿を囲む玉垣を左側へ…
境内の摂末社を一つ一つお参り…
氏社は、ビニールシートに覆われ、目下修繕中…囲いの隙間から、苔に覆われた屋根が見える。
その隣の宝庫は修繕がそろそろ始まるのか、元々近づき過ぎないようになっているのか、細いロープの囲いがある。
本殿の真横に当たる端垣の外に、小さな参拝所が…
解説板によると「…殿内の御神座は西向きになっています。昔より御参拝の皆様は大神様に向い合い御神座正面から拝しております。先づ御本殿正面で御拝礼の後 端垣に沿って摂末社えお参拝され、御神座正面に当たる此の場所より再度心を込めは異例なさいます。 どうぞ御拝礼下さいませ。」
まだ、他を回り終わってはいませんが…………拝礼。
さらに奥へ…正面に、“彰古館”なる建物が…入口に立ちふさがるように誰か立ってる………
“立って”いたのは、『野見宿禰』…出雲国の勇士で、相撲の元祖なお方だそぉな。
で、
ここ彰古館は、“出雲大社に伝わる各種資料が陳列・展示してある”という大正時代に建てられたもの。
入館料(大人300円)が必要なせいか、素通りする人の方が多かったようで、入ってみたらガラガラでかなりゆったり…
一階は、ウィンドウの中、大国主命=大黒様の像(ほんの一部、恵比寿様像)だらけ…何体あるんだろか…
コレクションぶりは、さすがな感じ…
二階は、あらゆる資料の展示。興味深い品々…
舞楽の稽古楽譜や楽器、
遷宮時や境内の様子を描いた木版画、
明治遷宮から昭和遷宮まで本殿の扉を施錠していた御匙御鑰、
過去の遷宮時に奉納された道具、
出雲大社の昔の写真、
などなど。
どことなく雑然と、どことなく宝物過ぎない感じが、なんとも素敵…
館内は薄暗かったので、
外に出たら青空が一際まぶしい。
i、りりしく美しく空に映える本殿の姿。屋根・破風板の緑、ほんとにほんとに好きだぁ…
本殿の真後ろにある“素鷲社”。ここは、須佐之男命を祀ったお社で、須佐神社へのお参りを泣く泣くあきらめた今回の旅では、是非じっくりお参りしたかったのだけど…
修復中で近づけず…無念。
しかもこのお社の周辺の高い松の木の剪定中でもあり、境内に入ってからずっと目がかゆかったのは、たぶんこの粉塵のせい………
須佐之男命に、嫌われてるのか…?!
Kada、修繕中は、さらに瑞垣を回っていった東十九社の脇の“釜社”が御仮殿になっているとのこと。
そこへ向かう途中、
瑞垣が段になってあたりが、瑞垣内が一番良く見える地点っぽい。
しばし見惚れ、“釜社”へ。
その隣の“東十九社”は、
西側で修繕でシートに囲われていた“氏社”の御仮殿となってた。
瑞垣をぐるり回ってきたところで、西の小さな出入り口から、お隣“出雲大社 北島国造館”の敷地内へ…(こちらは、たぶん思いっきり裏口だと思われる…)
素木な門の奥に見える小さなお社たち…その手前の参道には、いぃ感じに苔むした狛犬さんや、ハチ公チックな狐さん…
荒神社(三宝荒神)・天穂日神社(天穂日命)・稲荷社(宇迦御霊神)が並んだ御三社。
i、小さな滝のある池にせりだす場所に立つ天神社。
樹々に囲まれて、なんともいぃ風情。
境内に戻り、横断して、今度は東側から出ると、そこには神楽殿。
神楽殿の大注連縄、ほんとにでかい!長さ13.5m、太さ8m、重さ4.4トンだそぉな。
しげしげと下から眺める…
でかすぎて、注連縄だということを忘れてしまうくらい…
すでにかなり歩いた感が…出雲そばでランチして一休みしてから、境内へ戻り、
銅鳥居をくぐってまた東へ…
途中、御手洗井、発見…
普段は前を通る人も少なくひっそりとしているこの場所も、出雲の夏を告げる祭事“涼殿祭(別名:真菰(まこも)の神事)”の際には、人でいっぱいになるそうな。(→祭事の様子)
そして今度こそ、出雲大社にさよなら………
静かな社家通り、先ほど裏からお邪魔した北島国造館の前を通り、神魂伊能知奴志神社[命主社]へ。
うっとりする佇まい…
御祭神は、天地開闢の造化三神の一柱・神皇産霊神。
社殿前に、推定樹齢1000年と言われる、高さ17m・根回り12mのムクの巨木、すごい…
štaviše、社殿裏には、
銅戈と硬玉製勾玉が出土した“真名井遺跡”。
そして隣には、小さな児童公園…
いろんな意味で、素敵ですごくて大好き…
i、
亀山通りをテクテクテクテク…古代出雲歴史博物館へ。
入って…
いきなり出ましたっ!
これが、出雲大社の境内から出土した“宇豆柱”なのかぁぁぁ…
他にも、
本殿想像復元模型や、
明治遷宮のときに屋根から取り外された千木と勝男木、
荒神谷遺跡、加茂岩倉遺跡からの出土品、
štaviše、神話シアターで「スサノヲ神話」「風土記神話」「中世のヲロチ神話」堪能…
日が暮れる前に、もぉ二カ所ほど行きたい…
まずは、出雲阿国さんのお墓。
きれいに整備された墓地の一角に、古いけどお掃除の行き届いた阿国さんのお墓。
小高い場所にあるので、見晴らし良く気持ちがいぃ。
日がだいぶ傾いてきた…
この日、最後の目的地…稲佐の浜へ。
国譲り・国引き神話の舞台。
弁天島の鳥居がなんとも神秘的。
ここには、かつて弁財天が、現在は豊玉毘古命が祀られているそうな。
数々ある出雲の絶景夕陽スポットの一つでもある場所で、
ちょっとだけ期待していたのだけど…
すぐそこまで来ている台風の影響で、
空はほんのりオレンジ色になったものの、お日様は雲の陰…残念。
でも、
一日めいっぱい歩きあれこれ見て回っただるい疲れを感じながら、
テトラポットに腰掛けてぼけっと空を眺める時間は、なんだか心地いぃ…
日が暮れると、あっという間に真っ暗になる…
宿へ帰ろぉ…
カーナビに、宍道湖の南湖畔の宿の位置を設定し、いざ出発…
カーナビに言われるままに、とりあえず南下…
ん?なんかおかしぃ…
どぉやら、『山陰自動車道』、高速道路に乗せたいらしぃ。
一般道優先で検索したはずだけど?無視しとこ…
za sada、だいぶ南下しちゃってるんで、出雲バイパスへ…
カーナビ「次の信号を右です」
…いや、左です。
…直進です!
えぇい しつこい!!
カーナビとの攻防は、宍道SAを超えるまで続く…なんだ、こいつは…
カーナビのせいで、
最後に精神的にどどっと疲れちゃったけど、
濃ゆく有意義な一日だったわ…
明日は最終日…また早朝温泉して、一日がんばろっ
…続く
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