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麻賀多神社(まかたじんじゃ)

Date of shooting: 2011.09.03, 2011.10.16, 2013.10.13, 2014.10.12, 2017.04.08, 2023.10.14, 2024.10.12

御祭神:
稚産霊命
祭礼:
10月14~16日(渡御等10月第二金土日)
御由緒:
旧佐倉藩の総鎮守。御鎮座は佐倉地方開闢の頃と云われているが、定かではない。
千葉県は古来、麻の産地であり、総国(ふさのくに)の“総”は麻を表している。その中にある印旛地方は下総国成立以前は印旛国。朝廷より派遣された国造には、多一族の伊都許利命が就任してたとの記録が先代舊事本紀に記載されていて、その国造が代々祀ってきたのが“麻賀多神社”。
「麻の国で多氏が賀す神の社」と訓読みすることが出来、鎮座地の「佐倉 」という地名も「麻の倉」が転じてと言われており、佐倉地方が古代物流の中心的地位を占めていたことが伺える。
徳川時代になり、土井利勝公が佐倉城を築き、城地鎮護・佐倉藩総鎮守の神としても代々の城主・家臣に篤く崇敬され、社殿の度々の造営・神号額・神鏡・絵馬等の奉納が続いた。

現在の社殿は天保14年、藩主堀田正睦公が新たに建て替えたもの。
平成15年に氏子一同の奉賛により大修営が行われ、厳かに正遷座祭が斎行された。

「ご祭神の稚産霊命 お名の「稚」は若い、「産霊」は形成するの意で、若いものを育てあげるという御神徳を表しておられ、人・作物・事業等の生成、発展をお加護くださる神さまで、お稲荷さまの御親神にあたられます。
麻賀多神社という社名は、今から1050年ほど前の政令というべき「延喜式」の下総の項に、この社名がすでに記載されております。
佐倉の総鎮守、産土さまで遠い昔から「まかたさま」とこの地方の人々にしたしまれ崇敬されてきたお社です。徳川時代は佐倉城の大手門近くに位置する神社なので歴代の城主、家臣も城地鎮護の神としてあがめました。現在の御社殿は天保14年藩主堀田正睦公が再建、境内全面の石垣は明治初年に最後の藩主同正倫公が奉納されたものです。
御神幸に使用される大神輿(台輪巾151センチ、市指定文化財)は享保6年、当時の藩主稲葉正知公の家臣と町方が協力し金子300両の経費をかけ製作されたもので、今日数少ない江戸神輿の代表的な存在です。」境内略記より
摂社・末社などなど
  • 三峯神社(みつみねじんじゃ)
    麻賀多さまの祖父母神
    御祭神:伊弉諾尊・伊弉冉尊
  • 稲荷神社(いなりじんじゃ)
    麻賀多さまの御子神
    御祭神:豊宇気比売神(別名・倉稲魂命)
  • 疱瘡神社(ほうそうじんじゃ)
    なで恵比寿
    御祭神:少彦名命
  • 不明()
周辺スポット
  • 国立歴史民俗博物館
    佐倉城趾にある、日本の歴史、民俗学、考古学を総合的に研究・展示する歴史博物館
  • 佐倉城址公園
    梅や桜、花菖蒲などの美しい花木が豊かな広々とした城址公園。
    天守閣跡、空堀など城の遺構も多数残されている。
ヒトコト
高い木々からの木漏れ日が気持ちよく、いつもすっきりと掃き清められ清々しくゆったりとした境内。
面している通りは桜も見事で、その通りの先、佐倉城址公園・歴博とともに大好きな界隈。

ちなみに、“麻賀多神社”は印旛沼の周辺特有で、成田市の“麻賀多神社”を筆頭に、18社(佐倉市:11社、酒々井町:2社、成田市:2社、 富里市:2社、八千代市:1社)あるそうな。
“麻賀多十八社めぐり”のお散歩を計画しよっと。
佐倉に縁が出来て二十数年。
こんな町で生まれ育ったら幸せだろなって、地域の人々が一体となって盛り上がる秋祭りにお邪魔させていただくたびにしみじみ思う。
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